Miyako Citizen Times

宮古民友社の主幹・鳥居弘さんが高齢のため勇退された。宮古民友の記事には鳥居さんの記者としての鋭い洞察や、郷土唯一の新聞としての矜持などさまざまなものを感じ取ることができた。コラム「波濤」に込められたメタファーとしての意味を考えれば、宮古高校は第三応援歌の練習を復活すべきなのでは?と考える。筆者は元宮古市議会議員である。これから大きな変化の時代が来ることは宮古市議会の総意であると理解する。あらゆる困難が行く手を阻もうとする。そんな状況で強い意志をもって、こう高らかに歌いたいものだ。万里の波濤を乗り切らん!

水産資源管理は「エビデンス」より「慣習」を優先しているのか ―科学的根拠と地域社会の知恵のあいだで

## はじめに

「魚が減っているのに、なぜ獲り続けるのか」「科学者が警告しているのに、なぜ漁獲枠は変わらないのか」――水産資源管理のニュースを追っていると、こうした疑問にたびたび行き当たる。

日本のサンマやスルメイカは記録的な不漁が続き、資源評価の専門家からは厳しい規制を求める声が上がる。一方で、現場の漁業者や地域漁協は「昔からこうやってきた」「急に変えれば生活が立たない」という理由で、科学的な勧告と異なる落としどころに行き着くことが少なくない。

この構図を見ると、「水産資源管理は証拠に基づくファクトよりも、地域の慣習を優先している」という印象を持つのは、決して不自然なことではない。本記事では、まずこの印象がどの程度データや制度の実態に裏付けられているのかを確認し、次に、なぜそうした構造が生まれるのかを掘り下げる。そして最後に、「科学 vs 慣習」という単純な二項対立では見落とされがちな、もう一つの重要な論点――地域の慣習そのものが持つ「知」としての価値――にも目を向けたい。

## 1. 制度としての「科学的管理」はどうなっているか

日本の漁獲量管理の中心にあるのが、TAC(Total Allowable Catch、漁獲可能量)制度である。1996年に国連海洋法条約の批准を受けて制定された「海洋生物資源の保存及び管理に関する法律」(TAC法)に基づき、資源量や漁獲動向のデータが集積された魚種を対象に、年間の漁獲量の上限が定められる仕組みだ。現在はサンマ、スケトウダラ、マアジ、マイワシ、サバ類、スルメイカ、ズワイガニ、クロマグロの8魚種が対象となっている。

制度の建て付け自体は、科学的な資源評価を起点にしている。水産研究・教育機構などの専門機関が算出する「生物学的許容漁獲量」(ABC: Allowable Biological Catch)が土台になり、そこから実際のTACが決定される流れだ。

ところが、ここに最初のねじれがある。TACはABCを「ベースとしつつ」、漁業者の経営状況など他の要素も加味して毎年改定される、という制度設計になっている。つまり、科学的勧告(ABC)と実際の漁獲枠(TAC)は、最初から一致することを前提とした制度ではない。科学的な数値はあくまで出発点であり、そこに政策的・経営的な調整が加わることが、制度上はじめから組み込まれているのだ。

2018年の漁業法改正では、TACによる管理を基本とする新たな資源管理制度への転換が図られ、TAC対象魚種を漁獲量全体の8割程度まで拡大する方針が示された。これは「科学的管理を強化する」方向への明確な政策転換であり、行政側が問題意識を持っていることの表れでもある。

## 2. データで見る「科学」と「現場」のズレ

このズレは、数字としても表れている。日本のサバについて、過去10年間(2010〜2019年)のTAC消化率(実際にTACのうちどれだけ漁獲されたか)は平均で6割程度にとどまっているという指摘がある。一方、同時期のノルウェーのサバ漁では、TACと実際の漁獲量がほぼ一致する状態が続いている。

消化率が低いこと自体は、必ずしも「資源管理がうまくいっていない」ことを意味しない。むしろ、漁獲枠を使い切らないのは資源に優しい結果にも見える。しかし問題の本質は別の場所にある。日本のTACは、しばしば実際に漁獲可能な量よりも大きく設定される傾向があり、結果として「枠が緩く、獲ろうと思えばもっと獲れる状態」が続いているという見方だ。これに対しノルウェーでは、科学的根拠に基づいて、持続可能な水準よりもさらに余裕を持った、意図的に小さい漁獲枠が設定されている。つまり「枠の消化率が低い」という同じような現象でも、その背景にある制度の厳格さはまったく異なるということになる。

加入量(その年に新たに資源に加わる魚の量)の急変に対応するための新しいルール作りが現在進行形で議論されているように、資源評価とTACの運用を一致させる努力自体は続けられている。しかし、その調整には毎年のステークホルダー会合を経た政治的な合意形成が必要であり、科学的な数値がそのまま反映されるわけではない構造は変わっていない。

## 3. 具体例で見る――クロマグロ管理の軋轢

抽象的な議論だけでは実感しにくいので、具体的な魚種を一つ取り上げてみたい。太平洋クロマグロは、近年の資源管理の中でも特に議論が激しい魚種の一つだ。

クロマグロの管理は、中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)という国際機関が決定する管理措置に基づいている。北太平洋まぐろ類国際科学委員会(ISC)による資源評価を土台に、国際的な漁獲上限が設定され、それが国内の漁業者、さらには遊漁(レジャーとしての釣り)にまで及ぶ厳格な数量管理として下りてくる構造だ。小型魚(30kg未満)は原則採捕禁止、大型魚も月ごとの数量や1人1ヶ月1匹までといった細かい制限が課されている。

この管理が現場で軋轢を生む典型的な場面が、定置網漁業だ。定置網はクロマグロを狙って漁をしているわけではなく、他の魚種を獲る過程でクロマグロが混獲されてしまう。資源管理のために漁獲上限を守らなければならない一方、混獲を完全にゼロにすることは技術的に難しく、上限に達した漁業者は他の魚種の漁を含めて休漁せざるを得なくなる。国はこうした漁業者に対し、混獲回避(放流)の取組や、休漁による減収を緩和する支援策を講じているが、これは裏を返せば、科学的根拠に基づく国際的な管理措置が、現場の漁業実態とそのままでは噛み合わないことを行政自身が認めているということでもある。

一方で、資源状況自体は改善の兆しを見せている。WCPFCの年次会合では、大型魚の漁獲上限を従来の1.5倍に増やすことが合意されるなど、資源の回復を踏まえた規制緩和も段階的に進められている。これは、科学的評価が「悪化」と「回復」の両方を捉え、それに応じて規制の強さが上下するという、本来あるべき姿が機能している例とも言える。

ただし、規制緩和のペースや配分(全国枠のうちどれだけを漁業に、どれだけを遊漁に割くか)を巡っては、新潟県のように都道府県ごとに漁協間で独自の資源管理協定や個別割当を結んで調整するなど、国際的な数量管理という「科学のレイヤー」と、地域ごとの実情に応じた配分という「慣習・調整のレイヤー」が、重なり合いながら運用されている実態がうかがえる。クロマグロのケースは、科学的管理と地域の調整が対立一方ではなく、入れ子構造になって共存している例として読むことができる。

## 4. なぜ「慣習」が優先されやすいのか――構造的な要因

ここからは、なぜこうした構造が生まれるのかを、いくつかの要因に分けて考えてみたい。

### (1) 漁業権という制度そのものが「地域」を単位にしている

日本の漁業制度は、明治期からの歴史的経緯もあって、地域の漁業協同組合(漁協)が漁業権を管理する仕組みを核としている。これは単なる慣習ではなく、漁業法という法律に裏付けられた正式な制度だ。つまり「地域の慣習が科学を上回る」という現象は、しばしば違法な抜け道ではなく、制度が最初から地域単位の自治を前提に設計されていることの結果である。

### (2) 政策決定のコストは「今」発生し、資源の悪化は「将来」訪れる

漁獲規制を強化すれば、漁業者の収入は今すぐ減る。一方、規制を緩めたことによる資源の悪化は、数年後、場合によっては10年以上先になって表面化する。政治的な意思決定において、目に見える短期的コスト(漁業者の生活、地域経済、選挙区への影響)は、見えにくい長期的コスト(将来の資源枯渇)よりも常に重く扱われやすい。これは水産資源管理に限らず、気候変動対策や財政規律など、多くの政策領域に共通する非対称性だ。

### (3) 科学的勧告そのものに不確実性が伴う

「科学的根拠」と言っても、それは万能の確定値ではない。資源評価は、漁獲データ、海洋環境データ、年齢構成の推定など複数の前提に基づくモデルの出力であり、前提が変われば数値も変わる。先述したカタクチイワシの例のように、資源が急に増える「高加入期」への移行を評価モデルが追いきれず、TACが実態より小さいままになってしまうケースも報告されている。つまり現場の漁業者が「データは実態と合っていない」と感じる場面が実際に存在し、それが慣習的な判断への信頼を強める一因にもなっている。

### (4) 合意形成のプロセス自体に時間がかかる

TACの改定は、資源管理方針に関する検討会やステークホルダー会合といった手続きを経て行われる。これは民主的な手続きとして必要なプロセスだが、科学的評価が示してから実際の規制に反映されるまでにタイムラグが生じる構造でもある。緊急に対応すべき資源悪化があっても、制度上、即座に大幅な規制強化に踏み切ることは難しい。

## 5. もう一つの視点――「慣習」は本当に科学の劣化版なのか

ここまでは、「科学的根拠が政治的・構造的な理由で歪められている」という前提で論じてきた。しかし、この前提自体を問い直す研究の系譜があることにも触れておく必要がある。

2009年にノーベル経済学賞を受賞した政治学者エリノア・オストロムは、共有資源(コモンズ)の管理について、それまで主流だった「国家による規制」か「市場による私有化」かという二択に異議を唱えた。彼女は、地域住民による自治的な管理が、外部から課されたトップダウンの規制よりも持続的に機能した事例を多数分析し、自治管理がうまく機能するための8つの設計原理を提示している。コモンズの境界が明確であること、ルールが地域の実情と調和していること、当事者がルール作りに参加できること、違反の監視が機能していることなどがその柱だ。

オストロムの議論の核心は、ギャレット・ハーディンが提唱した「コモンズの悲劇」――共有資源は必然的に乱用され枯渇する、という見方――が、必ずしも普遍的な法則ではないという点にある。むしろ、資源を実際に使い、その変化を日々観察している当事者たちが作るルールは、抽象的なモデルに基づく規制よりも実態に即していることがある、というのが彼女の指摘だ。

これを水産資源管理に当てはめれば、地域の漁協が世代を超えて積み重ねてきた漁場の使い方や休漁の慣習は、単なる「科学を軽視した既得権益の主張」ではなく、長期的な観察に基づく経験的知識(伝統的生態知識、TEK: Traditional Ecological Knowledge)としての側面を持つ、という見方が成立する。実際、日本の水産資源管理政策を論じる研究の中にも、過度に抽象化されたモデルだけで政策を決定することの危うさを指摘し、自主的な管理の実効性を評価する立場がある。

この視点に立つと、「科学的根拠 vs 地域の慣習」という対立軸自体が、やや単純化されすぎているとも言える。優れた資源評価モデルであっても、現場の細かな海況変化や漁場ごとの差異をすべて捉えきれるわけではない。逆に、地域の慣習だけに頼れば、広域を回遊する魚種の資源全体や、漁協の枠を超えた乱獲には対応できない。両者は競合する選択肢ではなく、本来は補完しあうべき情報源なのだ。

## 6. 海外事例から見えてくること――ノルウェーの成功と、その限界

「科学的根拠に基づく管理」の代表例としてしばしば引用されるのが、ノルウェーの漁業管理である。ノルウェーでは、サバやニシンなどを漁獲する大型まき網漁船に対し、国際海洋探査委員会(ICES)による科学的勧告に基づいた漁獲枠が、漁船ごとに個別に割り当てられる「漁船別個別割当」(IVQ: Individual Vessel Quota)という制度が運用されている。漁獲枠は実際に漁獲可能な量よりもかなり少なく設定されており、結果として資源は維持され、漁業自体も高い収益性を保っている。

この成功は、しばしば「科学的根拠を厳格に適用すれば資源管理はうまくいく」という教訓として語られる。これは間違いではないが、注意すべき点もある。第一に、ノルウェーの制度は単に「科学に従っている」だけでなく、減船による構造調整、漁船の大型化、輸出市場の開拓といった複合的な政策パッケージの一部として機能している。第二に、ノルウェーの漁業管理も完璧ではなく、大規模漁業と沿岸の小規模漁業との間で、漁獲枠の配分を巡る対立が今も続いている。北部の漁業コミュニティでは、個別割当制度の導入によって過疎化が進んだという不満が根強く、2024年時点でも政策の見直しが議論されている。

つまり、ノルウェーの事例から学べるのは「科学を優先すれば自動的にうまくいく」という単純な話ではなく、「科学的根拠を制度の土台に置きながら、配分の公平性や地域経済への影響をどう調整するかという、別の難しい問題が必ず残る」という事実である。科学的根拠を重視する制度であっても、結局は「誰が、どれだけ獲る権利を持つか」という分配の問題、つまり社会的・政治的な調整からは逃れられない。

## 7. それでも「エビデンス重視」を出発点にすべき理由

ここまで、慣習や地域の自治にも一定の合理性があることを見てきた。それでも、筆者としては、資源評価という科学的なプロセスを管理の出発点に据えるべきだと考える理由がある。

第一に、地域の経験知が機能するのは、資源の変動が比較的緩やかで、その地域だけで完結する漁場の場合に限られやすい。サンマやサバのように広域を回遊し、海洋環境の変化(水温上昇など)によって分布が大きく変わる魚種では、一つの地域の経験則だけでは全体の資源動向を捉えられない。こうした魚種こそ、科学的なモニタリングが不可欠になる。

第二に、「慣習が資源を守ってきた」という主張が成立するのは、その慣習が実際に持続可能性を保ってきた歴史的な実績があるケースに限られる。慣習だからといって自動的に正当化されるわけではなく、その慣習が今の資源状況に見合っているかどうかは、やはりデータで検証する必要がある。オストロムの議論も、地域自治を無条件に擁護したわけではなく、その自治が持続可能であるための条件(境界の明確さ、監視の実効性など)を厳密に分析した点に意義がある。

第三に、科学的評価の不確実性は、「科学を無視してよい理由」にはならず、「不確実性を踏まえた上で、慎重な側に倒した判断をする理由」になるべきだという考え方がある。資源評価が外れるリスクがあるなら、その分余裕を持った保守的な漁獲枠を設定する、というのがノルウェーのアプローチであり、これは科学への不信ではなく、科学的な不確実性そのものへの誠実な対応と言える。

## 8. 慣習と科学を統合するために、何ができるか

対立を乗り越えるための方向性として、以下のような取り組みが考えられる。

データの透明化と早期共有**

資源評価のプロセスや前提をできるだけ早く、わかりやすく現場に共有することで、「データが実態と合っていない」という不信感そのものを減らす。カタクチイワシの例で見たような、評価モデルの限界を補う新ルールの検討は、その一歩と言える。

当事者参加型の資源評価**

漁業者が持つ日々の観察情報(その年の魚の大きさ、回遊のタイミングなど)を、科学的な資源評価のプロセスに正式なデータとして組み込む仕組み。これは「慣習を聞き置く」のではなく、慣習の中にある観察知を科学のプロセスに統合する試みになる。

保守的な漁獲枠設定の制度化**

ノルウェーのように、資源評価の不確実性をあらかじめ織り込み、実際に獲れる量より少ない枠を恒常的に設定する。これにより、毎年の政治的な調整圧力が、資源そのものを直接脅かすところまで及びにくくなる。

配分の公平性を正面から議論する**

「科学的根拠に基づく規制」が政治的に骨抜きにされる最大の理由は、規制強化のコストが特定の漁業者や地域に偏って降りかかることにある。規制を強化する際に、誰がそのコストを負担するのかという分配の問題を、資源評価の議論と分けて、正面から扱う必要がある。

## おわりに

水産資源管理が「証拠より慣習を優先しているように見える」という印象は、データの面でも制度の面でも、相当の根拠がある。TACという科学に基づくはずの制度自体が、漁業者の経営状況を加味して調整される設計になっており、結果として科学的勧告と実際の規制との間に常にギャップが生まれる構造になっている。

しかし、この構造を「科学の軽視」という言葉だけで切ってしまうと、見えなくなるものもある。地域の慣習には、世代を超えた観察に基づく経験知という側面があり、それ自体が一種のエビデンスでもある。問題は「科学か慣習か」ではなく、「科学的な不確実性とどう向き合い、それでも生活がかかっている人々の合意をどう形成するか」という、もっと地味で時間のかかる制度設計の問題なのだろう。

ノルウェーの事例が示すように、科学を重視する制度を作ったとしても、配分や公平性をめぐる対立は決してなくならない。むしろ、それこそが資源管理の本質的な難しさなのだと言える。

「ファクトを共有できない社会」をどう超えるか――成田悠輔が提起した問題と、これからの日本に必要な新しいOS

##はじめに――なぜ私たちは同じ現実を見ているはずなのに対立するのか

近年、経済学者の成田悠輔氏はさまざまな場面で「日本社会はファクトを共有できなくなっている」と指摘している。

これは単なる情報リテラシーの問題ではない。

むしろ私たちが生きている社会そのものが、かつてないほど複雑になっていることと深く関係している。

インターネットが普及し、AIが登場し、SNSが社会の隅々まで浸透した現在、人類が扱わなければならない情報量は爆発的に増加した。

気候変動、人口減少、半導体産業、エネルギー政策、国際金融、漁業資源管理、遺伝子工学。

これらはすべて互いに影響し合いながら動いている。

ところが、その複雑な現実を理解するための社会の仕組みは、昭和の頃からほとんど変わっていない。

結果として、人々は同じ国に住みながら、まるで別々の現実を生きているかのような状態に陥っている。

なぜそのようなことが起きるのか。

そして、この状況を乗り越えるために日本社会はどのようなOSを構築すべきなのだろうか。

本稿では成田悠輔氏の問題提起を出発点として、情報社会の本質と未来の社会設計について考えてみたい。

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## 昭和の成功体験が生んだ日本社会のOS

OSとはコンピュータの基本ソフトウェアのことである。

WindowsやMacOSがなければパソコンは動かない。

同じように社会にも目に見えないOSが存在する。

法律や制度だけではない。

価値観や慣習、組織文化、意思決定のルールなどが社会OSを構成している。

戦後日本のOSは非常に優秀だった。

人口が増え続け、産業が成長し、技術革新の速度も比較的緩やかだった時代には、このOSは驚異的な成果を生み出した。

終身雇用。

年功序列。

企業別労働組合。

前例主義。

合意形成。

根回し。

空気を読む文化。

これらはしばしば批判されるが、高度経済成長期には合理的なシステムだった。

大多数が同じ方向を向いていたからである。

ところが現在は状況が根本的に変わっている。

人口は減少し、市場は成熟し、技術革新の速度は指数関数的に加速している。

にもかかわらず、日本社会は依然として昭和型OSで動こうとしている。

ここに大きな矛盾が生じている。

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## 情報過多なのに知識が不足する時代

現代社会の特徴は情報不足ではない。

むしろ情報過剰である。

スマートフォンを開けばニュースが流れ込み、SNSには膨大な意見が飛び交う。

YouTubeでは専門家が解説を行い、AIは数秒で文章を生成する。

しかし不思議なことに、人々の理解は深まるどころか浅くなっている。

なぜだろうか。

理由は単純である。

人間の認知能力はほとんど変わっていないからだ。

脳の処理能力は数万年前の狩猟採集時代と大きく変わらない。

しかし情報量だけが何千倍にも増えた。

結果として、人々は自分が理解できる範囲の情報だけを選び取るようになる。

そして自分と似た意見ばかりを見る。

これがフィルターバブルである。

同じ社会に生きていても、人によって見える世界が異なってしまう。

ファクトを共有できなくなる最大の理由はここにある。

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## SNSが生み出した部族社会

インターネットは本来、人々を結びつける技術だった。

ところがSNSは逆の現象を生み出した。

右派は右派同士で集まる。

左派は左派同士で集まる。

地方の人は地方の人とつながる。

都市の人は都市の人とつながる。

若者は若者の情報を見る。

高齢者は高齢者の情報を見る。

それぞれが独自の情報空間を形成し始めた。

すると何が起きるか。

事実そのものが分裂する。

ある人にとっての常識が、別の人には陰謀論になる。

ある人にとっての希望が、別の人には脅威になる。

こうして社会全体で共通の土台が失われていく。

政治学者ハンナ・アーレントは全体主義の研究の中で、「事実への信頼が崩壊した社会は極めて危険である」と警告した。

なぜなら事実が共有されなければ、議論そのものが成立しないからである。

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## 日本社会特有の問題――空気がファクトを上回る

さらに日本には独特の問題が存在する。

それは「空気」である。

会議でデータを示しても、

「でも前からこうだった」

「みんなそう思っている」

「波風を立てたくない」

という反応が返ってくることが少なくない。

これは共同体維持の観点から見れば合理的である。

しかし変化の激しい時代には大きな弱点になる。

データよりも空気。

論理よりも雰囲気。

検証よりも同調。

こうした文化は複雑化した社会に対応できない。

成田悠輔氏が問題視しているのは、まさにこの点である。

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## では何が必要なのか

必要なのは新しい社会OSである。

私はそれを「分散型知性OS」と呼びたい。

かつての社会は中央集権型だった。

官僚や大企業が方向を決めればよかった。

しかし複雑性が増大した現代では、誰一人として全体を把握できない。

だからこそ社会全体の知恵を活用する仕組みが必要になる。

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## 第一原則――ファクトを徹底的に公開する

新しいOSの土台はファクトである。

意見は違ってもよい。

価値観も違ってよい。

しかし事実だけは共有しなければならない。

人口。

所得。

漁獲量。

企業数。

観光客数。

教育成果。

財政状況。

こうしたデータを誰でも見られるようにする。

地方自治体であれば、市民が政策の前提条件を理解できるようなダッシュボードを整備するべきだろう。

議論はそこから始まる。

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## 第二原則――仮説競争を行う

ファクトを共有した後は、さまざまな仮説を競わせる。

人口減少という事実がある。

しかし対策は一つではない。

移住促進。

産業振興。

教育改革。

DX推進。

起業支援。

それぞれ異なる仮説である。

重要なのは誰が言ったかではなく、どの仮説が成果を出したかで評価することだ。

これは科学の方法論そのものである。

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## 第三原則――小さな実験を繰り返す

哲学者カール・ポパーは、人類は間違いながら進歩すると考えた。

つまり最初から正解を見つけることはできない。

だから試してみるしかない。

地方創生も同じである。

最初から大規模な政策を実施するのではなく、小規模な実験を大量に行う。

養殖。

再生可能エネルギー。

ワーケーション。

地域通貨。

ライドシェア。

教育改革。

失敗してもよい。

重要なのは学習することだ。

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## 第四原則――AIを知性のインフラにする

AIは人間を置き換えるためのものではない。

社会全体の知性を補強するためのものである。

膨大なデータを分析し、

複数のシナリオを提示し、

将来予測を行う。

これを人間が活用する。

意思決定そのものをAIに任せるのではなく、より良い判断を支援する存在として位置付けるべきだろう。

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## 宮古市に必要な「地域OS」

この議論を地方創生に応用すると非常に興味深い。

宮古市の課題も本質的には同じだからである。

人口減少。

漁業の衰退。

担い手不足。

公共交通の縮小。

農地の荒廃。

これらは個別の問題ではない。

相互に結びついた複雑なシステムである。

だから単発の補助金では解決できない。

必要なのは地域全体を動かすOSである。

まずデータを公開する。

次に仮説を競わせる。

そして小さな実験を繰り返す。

その成果を検証する。

こうしたサイクルを回し続ける。

宮古版グランゼコール構想も、その文脈で理解できる。

地域に高度人材を育成し、複雑な問題を解く知的基盤を形成するのである。

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## 地方創生とは「知性の再設計」である

多くの人は地方創生を補助金やインフラ整備の問題として考える。

しかし本質は違う。

地方創生とは知性の問題である。

地域がどれだけ学習できるか。

どれだけ仮説を立てられるか。

どれだけ実験できるか。

どれだけ失敗から学べるか。

それが地域の未来を決める。

知性のインフラが弱い地域は衰退する。

知性のインフラが強い地域は再生する。

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## おわりに――「同じ答え」ではなく「同じ事実」を共有する社会へ

成田悠輔氏の問題提起は、単なるメディア論でも政治批判でもない。

それは日本社会のOSそのものへの問いかけである。

高度経済成長期には、「みんなが同じ答えを持つ社会」が機能した。

しかし人口減少と技術革新の時代には、それでは対応できない。

必要なのは価値観の統一ではない。

事実の共有である。

意見は違ってよい。

思想も違ってよい。

しかしファクトだけは共有する。

そして複数の仮説を競わせる。

小さな実験を繰り返す。

学習を続ける。

そのような社会こそが、複雑性の時代を生き抜くための新しいOSなのである。

そして地方都市こそ、その最前線に立っている。

宮古市をはじめとする地方がこの新しいOSを先に実装できたとき、日本全体の未来もまた大きく変わり始めるのではないだろうか。

日本の製造業はなぜ凋落したのか――「労使共同体」の終焉とAI時代の労働市場改革

高度経済成長期、日本の製造業は世界の模範だった。

自動車、家電、工作機械、鉄鋼、造船。

「メイド・イン・ジャパン」は品質の代名詞となり、日本企業は世界市場を席巻した。

しかし現在、日本の名目GDPは長期停滞し、一人当たりGDPでは先進国の中でも順位を落としている。かつて世界を驚かせた日本企業は、世界時価総額ランキングから次々と姿を消した。

なぜ日本はここまで停滞したのか。

円高のせいだろうか。

中国の台頭だろうか。

人口減少だろうか。

もちろんそれらも重要な要因である。

しかしもっと本質的な問題がある。

それは戦後日本が築き上げた「労使共同体」の制度そのものが、成長の足かせになった可能性である。

そしてAI革命が進む今、その問題はこれまで以上に深刻になろうとしている。

## 労使共同体という日本モデル

戦後日本企業は株主資本主義ではなく共同体として発展した。

終身雇用。

年功序列。

企業別組合。

メインバンク。

長期取引。

これらはすべて同じ方向を向いていた。

企業を単なる利益追求組織ではなく、「運命共同体」として維持することである。

社員は会社に忠誠を尽くす。

会社は社員の生活を守る。

労働者は家族となる。

経営者もまた社員から昇進したサラリーマン社長が務める。

こうした仕組みは高度成長期には極めて合理的だった。

市場は拡大し続けていた。

人口も増えていた。

国内需要も伸びていた。

終身雇用を維持しても企業は成長によって吸収できた。

むしろ長期雇用による技能蓄積が競争力になった。

トヨタ生産方式に象徴されるように、日本企業は現場の改善能力を武器に世界を制覇したのである。

## 成長が止まったとき制度は逆回転を始めた

問題は1990年代以降だった。

バブル崩壊。

人口減少。

低成長。

市場が拡大しなくなった。

すると終身雇用制度は別の顔を見せ始める。

企業は余剰人員を抱え込む。

事業環境が悪化しても人員整理ができない。

新規投資に失敗すると雇用維持が難しくなる。

結果として企業はリスクを避ける。

挑戦より現状維持を選ぶ。

この現象は経済学では「過少投資」と呼ばれる。

日本企業が長年にわたり巨額の内部留保を積み上げながら投資を行わなかった背景には、この構造が存在している。

経営者から見れば当然である。

新工場建設で失敗したらどうなるか。

新規事業で失敗したらどうなるか。

大量解雇が難しい以上、失敗コストは極めて大きい。

だから投資しない。

だから現金を貯める。

だから成長しない。

## サラリーマン社長の限界

ここで重要なのが経営者の問題である。

戦後日本企業では創業者ではなく内部昇進型の経営者が主流となった。

彼らは優秀である。

誠実でもある。

しかし構造的な弱点がある。

失敗できないのである。

創業者は会社を賭けて挑戦する。

しかしサラリーマン社長は違う。

任期は数年。

失敗すれば退任。

成功しても利益の大部分は株主や社員に帰属する。

つまりリスクとリターンが釣り合わない。

その結果として経営判断は保守化する。

無難な選択。

現状維持。

小さな改善。

これが繰り返される。

日本企業が得意だったカイゼンは続く。

しかしイノベーションは起きない。

0を1にする挑戦よりも、1を1.1にする改善ばかりになる。

## 世界は逆方向へ進んだ

同じ時期、アメリカは全く違う方向へ進んだ。

人材の流動化。

ベンチャー投資。

ストックオプション。

起業文化。

失敗しても再挑戦できる社会。

シリコンバレーでは人材が会社を渡り歩く。

GoogleからOpenAIへ。

Metaからスタートアップへ。

起業して失敗して再起業する。

こうした流動性がイノベーションを生む。

日本では転職回数が多いとマイナス評価だった。

しかしアメリカでは経験値になる。

結果として世界を変える企業が次々に誕生した。

## 日本製造業は本当に弱いのか

もっとも「日本製造業は終わった」という理解も正確ではない。

むしろ強い企業は非常に強い。

例えばFA機器のキーエンス。

空気圧機器のSMC。

産業ロボットのファナック。

半導体製造装置の東京エレクトロン。

これらは世界トップクラスである。

問題は平均値だ。

スター企業は存在する。

しかし数が増えない。

新陳代謝が起きない。

新しい産業が育たない。

これが日本経済の本質的な問題なのである。

## AI革命が労使共同体を破壊する

ここでAIが登場する。

生成AIは単なるIT技術ではない。

ホワイトカラー業務そのものを代替する可能性がある。

資料作成。

議事録。

翻訳。

経理。

法務。

プログラミング。

設計。

マーケティング。

これまで人間が行っていた知的労働の多くが自動化される。

産業革命以来最大級の変化かもしれない。

問題は日本企業である。

もし人員削減が極めて難しいなら何が起きるか。

AI導入のインセンティブが弱くなる。

導入しても余剰人員を抱え続けることになる。

結果として生産性向上が進まない。

世界との格差が広がる。

日本企業は再び投資を躊躇する。

これは極めて危険である。

## 解雇自由化は万能薬ではない

しかし解雇規制をなくせばすべて解決するわけではない。

むしろ副作用は大きい。

地方では特に深刻である。

東京なら転職先がある。

しかし地方都市ではどうか。

会社が一つなくなれば地域経済そのものが崩壊する場合もある。

宮古市のような地域では特にそうだ。

水産業。

建設業。

医療福祉。

運輸。

限られた雇用機会の中で大量解雇が発生した場合、受け皿がない。

したがって必要なのは単純な解雇自由化ではない。

## フレキシキュリティという考え方

欧州では別のモデルが存在する。

フレキシキュリティである。

柔軟性(Flexibility)と安全保障(Security)を組み合わせた考え方だ。

企業は必要に応じて雇用調整できる。

一方で労働者は失業保険や職業訓練で守られる。

重要なのは会社を守ることではない。

人を守ることである。

企業は潰れてもよい。

しかし人材は次の職場へ移れる。

これが本来の姿である。

日本は逆だった。

会社を守る。

雇用を固定する。

その結果として経済全体が停滞した。

## 地方創生の本質

地方創生も同じ問題を抱えている。

多くの自治体は企業誘致を目標にする。

工場を誘致する。

補助金を出す。

雇用を守る。

しかし本当に重要なのは人材である。

企業は移転する。

産業は変わる。

技術は進歩する。

だが人材は残る。

だから地方創生の本質は企業誘致ではない。

人材育成である。

地域の若者が高度な能力を身につける。

何度でも学び直せる。

起業できる。

転職できる。

新産業を生み出せる。

そうした環境こそが重要になる。

## 宮古市への示唆

宮古市を考えてみよう。

人口減少は続く。

高齢化も進む。

従来型産業だけで地域経済を維持することは難しい。

だからこそ必要なのは「雇用維持型政策」から「人材投資型政策」への転換である。

漁業を守る。

農業を守る。

観光を守る。

もちろん重要だ。

しかしそれだけでは足りない。

AIを使いこなせる人材。

デジタル技術を活用できる人材。

経営を理解する人材。

起業できる人材。

そうした地域エリートを育てなければならない。

あなたが提唱している「宮古版グランゼコール構想」は、この意味で非常に重要である。

企業を守るのではない。

人材を育てる。

仕事を守るのではない。

能力を育てる。

それこそがAI時代の地方創生になる。

## 終わりに――守るべきものは何か

戦後日本は「会社を守る社会」だった。

そのモデルは高度成長期には成功した。

しかし低成長とAI革命の時代には限界が見え始めている。

今後必要なのは、企業の延命でも、単なる解雇自由化でもない。

人材が自由に移動し、何度でも学び直し、新しい産業へ挑戦できる社会である。

守るべきものは会社ではない。

仕事でもない。

人間の能力である。

AIによって仕事は変わる。

産業も変わる。

企業も消える。

しかし学び続ける人材は残る。

日本が再び成長できるかどうかは、「企業中心社会」から「人材中心社会」へ移行できるかにかかっている。

そして地方創生の成否もまた、その一点にかかっているのである。

「科学」を隠れみのにした漁獲枠増枠なのか――スルメイカTAC問題から考える日本の資源管理の信頼性

日本の漁業はいま、大きな岐路に立っている。

サンマは減った。サケも減った。スルメイカも減った。沿岸漁業者の多くが「昔とは海が違う」と口をそろえる。

こうした状況のなかで、水産資源管理の重要性が叫ばれ、水産庁は近年、「科学的根拠に基づく資源管理」を強く掲げてきた。TAC(漁獲可能量)制度の拡大も、その象徴である。

ところが、その「科学的管理」を標榜する水産庁自身が、近年のスルメイカ管理において極めて不可解な判断を下したとして議論を呼んでいる。

資源量が長期低迷し、漁獲量も歴史的な低水準に落ち込んでいるスルメイカについて、水産庁は漁獲枠を大幅に引き上げたのである。

しかも、その説明の過程では米国のデータ不足魚種管理が持ち出され、さらに専門家や漁業関係者の間からは「どこから出てきたのか分からない係数によって計算されている」という疑問まで提起されている。

これは単なる漁獲枠の数字の問題ではない。

日本の資源管理制度そのものへの信頼を揺るがしかねない問題である。

## スルメイカはなぜ重要なのか

スルメイカは日本の沿岸漁業を象徴する魚種の一つである。

北海道から九州まで広く利用され、定置網、一本釣り、沖合漁業など多様な漁業に関係している。

特に岩手県沿岸にとっても重要な存在であり、かつては港を活気づける代表的な水産資源だった。

しかし近年、その漁獲量は激減している。

1980年代には60万トン近い漁獲があった年もあった。

ところが近年は数万トンレベルにまで落ち込んでいる。

単なる景気変動ではない。

構造的な変化である。

海洋環境の変化、黒潮・親潮の変動、餌生物の減少など様々な要因が指摘されている。

問題は、その原因が完全には解明されていないことである。

つまり、

「減っていることは確実だが、なぜ減っているのかは完全には分かっていない」

という状態なのである。

本来であれば、このような状況では慎重な管理が求められる。

## 世界が学んだ失敗――カナダマツイカの教訓

ここで興味深いのが北西大西洋のカナダマツイカである。

カナダマツイカは1970年代後半に国際漁業の対象となった。

当時は非常に豊富な資源が確認されており、世界各国の漁船が殺到した。

1979年には約18万トンという巨大な漁獲量を記録した。

しかしその後、資源は急激に減少する。

漁業者も研究者も驚くほど急激な崩壊だった。

イカ類は寿命が短い。

多くが1年程度で世代交代する。

そのため環境変動によって資源量が大きく変動する。

豊漁の年もあれば、不漁の年もある。

しかし人間は往々にして豊漁を「回復」と勘違いする。

そして漁獲を拡大する。

結果として資源をさらに不安定化させる。

カナダマツイカ管理は、この失敗を経て大きく変わった。

現在では、

「分からないなら慎重に」

という予防原則が重視されている。

これは国際的な資源管理の基本思想になっている。

## 予防原則とは何か

予防原則とは非常にシンプルな考え方である。

資源量が分からない。

将来予測にも不確実性がある。

だからこそ慎重に利用する。

これは医学にも似ている。

患者の病状が分からないとき、普通の医師は危険な治療を避ける。

資源管理も同じである。

不確実性が大きいほど安全側に倒す。

これが世界標準の考え方である。

実際に米国やオーストラリア、ニュージーランドなどの先進的な資源管理制度では、不確実性を考慮した安全係数が広く導入されている。

情報が不足しているほど漁獲枠は小さくなる。

これが常識である。

## 水産庁が引用する「米国方式」の違和感

ところが今回のスルメイカ問題では奇妙な現象が起きた。

水産庁は増枠の説明の中で、米国のデータ不足魚種管理の考え方を参照したと説明している。

一見すると合理的に聞こえる。

しかし内容を詳しく見ると違和感がある。

なぜなら米国方式の本質は、

「分からないから減らす」

だからである。

ところが日本では、

「分からないが増やす」

という結論になっているように見える。

これは論理が逆転している。

米国方式を引用するなら、本来は慎重な漁獲枠設定につながるはずである。

ところが結果は大幅増枠だった。

ここに多くの関係者が疑問を抱いている。

## 科学的管理で最も重要なもの

ここで改めて考えたい。

科学的管理とは何だろうか。

多くの人は、

「研究者が決めた数字」

だと思っている。

しかし本質は違う。

科学の本質は再現性である。

誰が計算しても同じ結果になること。

誰でも検証できること。

間違いがあれば修正できること。

それが科学である。

つまり本当に重要なのは、

「漁獲枠が何トンか」

ではない。

「なぜその数字になったのか」

なのである。

## 見えない計算式の問題

今回問題視されているのは、まさにここである。

専門家や関係者の間では、

「どのような計算過程で増枠に至ったのか分からない」

という声が出ている。

もし計算式が公開されているなら議論は可能である。

賛成も反対もできる。

ところが計算根拠が不透明なら検証できない。

これは極めて危険である。

行政への信頼は透明性によって支えられる。

結果ではない。

プロセスなのである。

## エリノア・オストロムの視点

この問題を考えるうえで重要なのが、ノーベル経済学賞を受賞した エリノア・オストロム の研究である。

オストロムは「共有地の悲劇」が必然ではないことを示した。

共有資源は適切なルールによって持続可能に管理できる。

その条件として彼女が重視したのは、

ルールの透明性

だった。

誰が見ても理解できること。

誰でも参加できること。

ルール変更の理由が説明されること。

こうした条件が整わなければ、共有資源管理は機能しない。

漁業資源は典型的な共有資源である。

したがって漁獲枠の算定過程もまた透明でなければならない。

## 宮古市から見える問題

岩手県沿岸、とりわけ 宮古市 のような漁業地域から見ると、この問題は極めて切実である。

資源管理が失敗すれば漁業者が困る。

しかし逆に、根拠の分からない規制によっても漁業者は困る。

必要なのは、

厳しい規制か緩い規制か

ではない。

納得できる規制である。

漁業者が数字の根拠を理解できること。

研究者が検証できること。

行政が説明責任を果たせること。

それが重要なのである。

## 日本の資源管理はどこへ向かうべきか

日本の資源管理は近年大きく進歩した。

かつてのような経験則だけの管理から、科学的管理へ移行しつつある。

これは評価されるべきことである。

しかし科学的管理は単に専門家が決めれば成立するものではない。

説明可能性が必要である。

透明性が必要である。

検証可能性が必要である。

もし今回のスルメイカ増枠が本当に科学的に正当化できるのであれば、水産庁はその計算過程を徹底的に公開すべきだろう。

むしろ公開した方が信頼は高まる。

逆に公開できないのであれば、「科学的管理」という看板そのものが疑われる。

## 結論――問われているのは数字ではなく信頼である

今回のスルメイカTAC問題をめぐって問われているのは、実は増枠か減枠かではない。

もっと根本的な問題である。

それは、

「日本の資源管理は誰のために存在するのか」

という問いだ。

漁業者のためか。

研究者のためか。

行政のためか。

本来はそのすべてのためである。

だからこそ必要なのは、誰もが同じデータを見て議論できる仕組みだ。

カナダマツイカが教えてくれたのは、「豊漁だから安心」という発想の危険性だった。

オストロムが教えてくれたのは、「透明なルールこそが共有資源を守る」という事実だった。

そしてスルメイカ問題が私たちに突きつけているのは、「科学」という言葉を掲げるだけでは科学にならないという現実である。

数字は人を納得させない。

説明が人を納得させる。

もし日本の資源管理が本当に世界水準を目指すのであれば、必要なのは漁獲枠の増減ではない。

なぜその数字になったのかを、漁業者にも国民にも分かる形で示すことである。

それこそが、資源管理の持続可能性を支える最も重要な「資源」なのである。

なぜ24歳のニーチェはスイスの大学教授になったのか ――国境都市バーゼルで生まれた「自由精神」の思想

フリードリヒ・ニーチェと聞くと、『ツァラトゥストラはこう語った』や「神は死んだ」という言葉を思い浮かべる人が多いだろう。しかし、そのニーチェがわずか24歳で大学教授になったことを知る人は意外と少ない。

さらに興味深いのは、その教授職がドイツではなくスイスのバーゼル大学だったことである。

この事実は単なる経歴上のエピソードではない。むしろ後年のニーチェ思想を理解する上で極めて重要な意味を持っている。

## バーゼル大学とは何か

バーゼル大学は1460年創設のスイス最古の大学である。

ルネサンス以来、多くの知識人を輩出してきた名門校であり、ヨーロッパの学術ネットワークの重要な結節点でもあった。

ニーチェが教授に就任した1869年当時、バーゼルはすでにスイス連邦の一部であった。

現在の私たちから見るとスイスは小国に見えるが、19世紀ヨーロッパにおいてスイスは特別な意味を持つ国だった。

周囲を大国に囲まれながらも中立を維持し、多様な文化と言語が共存する実験場のような場所だったのである。

## 24歳の天才教授

1869年、ライプツィヒ大学で学んでいたニーチェは、博士号すら取得していないにもかかわらずバーゼル大学の古典文献学教授に推薦される。

その才能は当時の学界で突出していた。

指導教授は「この青年は百年に一人の逸材である」と評価したという。

現代で言えば、大学院博士課程の学生がいきなり国立大学の教授になるようなものである。

この異例の抜擢は、ニーチェが単なる秀才ではなく、天才として認識されていたことを示している。

## なぜドイツではなくスイスだったのか

ここで重要なのは、ニーチェがドイツの大学ではなくスイスの大学を選んだことである。

当時のドイツは、プロイセン主導による国家統合の時代を迎えていた。

国家主義や軍事力が高揚し、「ドイツ人とは何か」という問いが政治的な意味を持ち始めていた。

一方のバーゼルは国境都市だった。

ドイツ、フランス、スイスという三つの文化圏が交わる場所であり、一つの国家や民族に閉じない視点を得ることができた。

ニーチェはここで、後の「自由精神」の思想を育てていく。

## ニーチェは無国籍者だった

さらに驚くべきことに、ニーチェはバーゼル大学に就任する際、プロイセン国籍を放棄している。

しかし、その後スイス国籍を取得しなかった。

結果として彼は事実上の無国籍者となった。

現代では考えにくいが、ニーチェは国家への帰属を失ったまま生涯を送ったのである。

この経験は後年の思想に深く影響した。

ニーチェは国家や民族を絶対視しなかった。

彼が求めたのは「ドイツ人」であることではなく、「より高い人間」であることだった。

その意味で彼は近代国家の枠組みを超えようとした思想家だったのである。

## バーゼルで出会った二人の巨人

バーゼル時代のニーチェは二人の人物から大きな影響を受ける。

一人は作曲家のリヒャルト・ワーグナーである。

もう一人は歴史家のヤーコプ・ブルクハルトである。

ワーグナーからは芸術による人間再生の夢を学んだ。

ブルクハルトからは歴史を長期的に見る視点を学んだ。

しかしニーチェは最終的に両者を乗り越えていく。

これもまたバーゼルという自由な知的空間があったからこそ可能だった。

## 現代日本への示唆

この話は地方創生にも示唆を与える。

日本では「地元に残るか、東京へ行くか」という二択で語られることが多い。

しかしニーチェが成長したのは故郷でも首都でもなかった。

国境都市バーゼルだった。

重要なのは場所そのものではない。

異なる文化や価値観が交差する環境である。

人間を大きく成長させるのは、閉じた共同体ではなく、多様な世界との接触だからだ。

## 宮古市に必要な「バーゼル」

私はしばしば宮古版グランゼコール構想について考える。

その目的は単なる進学支援ではない。

地域から世界を見渡せる人材を育てることである。

ニーチェがバーゼルで得たものは知識だけではなかった。

国家や常識から距離を取り、自分自身の頭で考える能力だった。

地方創生において本当に必要なのも同じではないだろうか。

人口減少や財政問題への対策だけではない。

地域の未来を構想できる知的人材を育てることである。

もし宮古市に現代版バーゼルが存在したなら。

もし若者たちが世界と地域を同時に見つめる教育環境を持てたなら。

そこから新しい地域のリーダーが生まれる可能性は十分にある。

## 結論

24歳のニーチェが教授となったバーゼル大学は、当時も今もスイスに属している。

しかし重要なのは地理ではない。

バーゼルが国境都市であり、多様な価値観が交差する知的空間だったことである。

そこでニーチェは国家や民族の枠を超えた視点を獲得し、「自由精神」の哲学を生み出した。

地方創生の本質もまた同じかもしれない。

地域に閉じこもることではなく、世界に開かれた知的人材を育てること。

ニーチェのバーゼル時代は、そのことを私たちに教えているのである。

イーハトーブからグランゼコールへ――宮沢賢治の理想と宮古版地域エリート育成構想

## イーハトーブは理想郷ではなく「学び続ける共同体」だった

宮沢賢治の言う「イーハトーブ」を、多くの人は自然豊かな理想郷だと思っている。

しかし本当にそうだろうか。

賢治の生きた岩手は、決して豊かな土地ではなかった。

冷害が頻発した。

農民は貧しかった。

飢饉の記憶も残っていた。

賢治はそうした現実から目を背けなかった。

むしろ真正面から向き合った。

だから彼は農学校の教師になり、農業技術を学び、自ら肥料設計まで研究した。

つまり賢治のイーハトーブとは、単なる理想郷ではない。

学びによって現実を改善し続ける共同体だったのである。

この視点は現代の地方創生にとって極めて重要である。

なぜなら地方創生が行き詰まる最大の原因は、地域を変える人材の不足だからだ。

補助金は投入できる。

施設も建設できる。

しかし未来を設計する人材は簡単には生まれない。

賢治はまさにその問題を100年前から見抜いていた。

## なぜフランスにはグランゼコールがあるのか

フランスには独特の高等教育システムが存在する。

それがグランゼコールである。

単なる大学ではない。

国家や社会を動かす高度人材を育成する仕組みである。

フランス革命以降の国家建設において、彼らはこう考えた。

「優秀な人材を偶然に任せてはいけない」

「地域や家庭環境に左右されず育成しなければならない」

「国家の未来を担う人材は計画的に育てるべきだ」

その結果、行政官、技術者、研究者、企業経営者を輩出する教育機関が整備された。

もちろん問題もある。

エリート主義との批判もある。

しかし少なくともフランスは、人材育成を国家戦略として考えてきた。

一方、日本の地方はどうだろうか。

優秀な若者は進学と同時に地域を離れる。

そのまま帰らない。

残る人材も高齢化する。

結果として地域の未来を設計する人が不足する。

宮古市も例外ではない。

## 宮古市に本当に必要なのは建物ではなく人材である

地方創生の議論ではよく施設整備が語られる。

新しい観光施設。

新しい交流施設。

新しい道の駅。

しかし冷静に考えてみたい。

施設そのものがお金を稼ぐわけではない。

人がお金を稼ぐのである。

人が企画し、人が経営し、人が価値を創造する。

つまり最も重要なインフラは人材なのである。

ところが地方ではこの認識が弱い。

公共事業には予算を付ける。

だが人材育成には十分な投資を行わない。

これは極めて不思議なことである。

未来の地域経済を作るのはコンクリートではなく人間だからだ。

## 宮古版グランゼコールという発想

ここで必要になるのが宮古版グランゼコール構想である。

もちろんフランスの制度をそのまま移植するわけではない。

目的は地域エリートの育成である。

ただしここでいうエリートとは特権階級ではない。

地域課題を解決する能力を持つ人材である。

例えば、

漁業資源管理を理解する人材。

再生可能エネルギーを理解する人材。

地域経済分析ができる人材。

AIやデジタル技術を活用できる人材。

教育改革を推進できる人材。

公共政策を設計できる人材。

こうした人材を体系的に育成する。

それが宮古版グランゼコールである。

## イーハトーブと地域エリート

ここで重要なのは、賢治の思想とエリート育成が矛盾しないことである。

むしろ賢治は知識人の責任を強く意識していた。

農民を見下す知識人ではなく、

農民と共に学ぶ知識人。

地域を支配するエリートではなく、

地域に奉仕するエリート。

それが賢治の理想だった。

現代の言葉で言えばサーバントリーダーシップである。

つまり宮古版グランゼコールは、権力者養成機関ではない。

地域奉仕者養成機関なのである。

## イーハトーブを実現するための教育

賢治が目指した世界は、自然と科学が共存する社会だった。

精神論だけでもない。

経済至上主義でもない。

人間の幸福を中心に据えた社会だった。

そのためには教育が必要である。

教育とは受験勉強ではない。

世界を理解する力である。

問題を発見する力である。

解決策を設計する力である。

仲間と協働する力である。

宮古市に必要なのは、こうした能力を育てる地域教育システムではないだろうか。

## 宮古市の未来は「人づくり」にかかっている

人口減少は続くだろう。

財政制約も厳しくなるだろう。

それでも未来は作れる。

なぜなら地域の価値を決めるのは人口の数だけではないからだ。

重要なのは人材の質である。

100人の優秀な地域人材は、1000人の無関心な人口より大きな影響力を持つ。

だから宮古市が本気で未来を考えるなら、人づくりを最優先に置くべきである。

それは賢治のイーハトーブが示した道でもある。

美しい風景だけでは地域は残らない。

補助金だけでも地域は残らない。

未来を考え、学び続け、挑戦する人々がいて初めて地域は存続する。

宮沢賢治が夢見たイーハトーブ。

そしてフランスが築いたグランゼコール。

一見無関係に見える二つの思想は、実は同じ問いに向き合っている。

「社会をより良くする人材を、どう育てるのか」

宮古市が次の時代へ進むために必要なのは、その問いへの答えなのかもしれない。

宮古版グランゼコールはすでに始まっている ーしかし誰もそれを「人材戦略」として見ていないー

私はこれまで何度か「宮古版グランゼコール」という構想について語ってきた。

フランスのグランゼコールのように、地域の未来を担う高度人材を発掘し、育成し、地域で活躍してもらう仕組みを宮古市にも作れないかという提案である。

しかし行政とのやり取りの中で返ってきた答えは慎重なものだった。

自治体独自で学位制度や資格制度、選抜制度を設ける権限はない。

日本の法制度との親和性が低い。

確かにその通りである。

フランスのグランゼコールは国家制度の一部であり、市町村が独自に模倣できるようなものではない。

この回答を聞いて落胆する人もいるかもしれない。

しかし私はむしろ逆の感想を持った。

本当に重要なのは学位制度なのだろうか。

本当に重要なのは資格制度なのだろうか。

そう考えた時、あることに気づいた。

実は宮古市には既にグランゼコール的な要素が数多く存在しているのである。

ただしそれらがバラバラに存在しているため、誰もそれを一つの戦略として認識していない。

宮古市には人材育成政策がないのではない。

人材育成政策を統合する思想がないのである。

これは非常に大きな違いである。

多くの地方自治体では人口減少対策が語られる。

移住者を呼び込む。

観光客を増やす。

出生率を上げる。

もちろんそれらは重要だ。

しかし、それだけで地域が発展するわけではない。

なぜなら地域の未来を作るのは人口ではなく人材だからである。

人口が少なくても発展する地域は存在する。

人口が多くても停滞する地域も存在する。

その差を生み出しているのは何か。

地域課題を解決しようとする人材の存在である。

新しい事業を始める人。

地域資源を発掘する人。

行政改革を進める人。

新しい技術を導入する人。

教育を変える人。

こうした人材が地域にどれだけ存在するかによって、その地域の未来は大きく変わる。

実はフランスのグランゼコールも本質的にはそのための制度である。

国家や社会を支える人材を育てる。

そして活躍の場へ送り出す。

学位は手段に過ぎない。

本質は人材の発掘と育成と登用にある。

では宮古市はどうだろうか。

私は改めて市内の取り組みを見渡してみた。

すると興味深いことが見えてきた。

高校生向けの地域教育。

若者向けの地域活動。

地域おこし協力隊。

DX人材育成。

産学官連携。

脱炭素人材育成。

起業支援。

それぞれは独立した事業として存在している。

しかし一つの流れとして見ると、まるでグランゼコールの部品が散らばっているように見えるのである。

例えば高校生世代である。

宮古市では近年、地域との接点を増やす教育が進められている。

地域の大人と出会う。

地域企業を知る。

地域課題を学ぶ。

単なる職業体験ではない。

地域そのものを教材とする学びが増えつつある。

かつての地方教育は進学か就職かという単純な二択だった。

しかし現在は少しずつ変わり始めている。

地域の中で挑戦するという第三の選択肢が見え始めているのである。

これは極めて重要な変化だ。

なぜなら地域への愛着は講義で生まれるものではないからである。

実際に地域の課題と向き合い、地域の大人と出会い、地域で挑戦する経験によって育まれる。

そう考えると高校生向け地域教育は、将来の地域リーダー育成の入口と言える。

さらに若者向けの活動も存在する。

地域イベント。

地域プロジェクト。

高校生サミット。

実践型インターンシップ。

こうした取り組みを通じて、若者は地域課題を自分事として考えるようになる。

これはグランゼコール的な教育に非常によく似ている。

教室の中で知識を覚えるだけではない。

実際に社会課題と向き合う。

現場で学ぶ。

試行錯誤する。

そこからしか育たない能力がある。

地域経営能力とはまさにそういうものなのである。

大学の試験では測れない。

偏差値でも測れない。

しかし地域を変える力になる。

その意味で、宮古市は既に人材育成の芽を持っている。

問題はその芽をどこへ導くかなのである。

高校生が地域活動を経験した。

しかし卒業したら終わり。

大学生になったら地域との関係が切れる。

社会人になったらさらに切れる。

これでは人材パイプラインにならない。

点で終わってしまう。

本当に必要なのは線である。

高校生から大学生へ。

大学生から若手社会人へ。

若手社会人から地域リーダーへ。

その流れを設計することが重要なのである。

ここで注目したいのが地域おこし協力隊制度である。

多くの人は移住政策として理解している。

しかし私は人材政策として見るべきだと思う。

地域おこし協力隊とは何か。

外部から人材を呼び込む制度である。

地域課題に取り組む人材を募集する制度である。

つまり一種の選抜制度なのである。

地域の課題解決に挑戦したい人を全国から集める。

そして実践の場を提供する。

これはグランゼコールにおける登用システムに近い。

さらに重要なのは、その人たちが定着するかどうかである。

任期終了後に地域へ残る人もいる。

起業する人もいる。

地域企業へ就職する人もいる。

もしこれを意図的に設計できれば、極めて強力な人材循環システムになる。

つまり宮古市には既に人材獲得の入口が存在しているのである。

問題は出口なのだ。

その出口をどう設計するか。

そこに次の課題がある。