Miyako Citizen Times

宮古民友社の主幹・鳥居弘さんが高齢のため勇退された。宮古民友の記事には鳥居さんの記者としての鋭い洞察や、郷土唯一の新聞としての矜持などさまざまなものを感じ取ることができた。コラム「波濤」に込められたメタファーとしての意味を考えれば、宮古高校は第三応援歌の練習を復活すべきなのでは?と考える。筆者は元宮古市議会議員である。これから大きな変化の時代が来ることは宮古市議会の総意であると理解する。あらゆる困難が行く手を阻もうとする。そんな状況で強い意志をもって、こう高らかに歌いたいものだ。万里の波濤を乗り切らん!

2026-01-01から1年間の記事一覧

水産資源管理は「エビデンス」より「慣習」を優先しているのか ―科学的根拠と地域社会の知恵のあいだで

## はじめに「魚が減っているのに、なぜ獲り続けるのか」「科学者が警告しているのに、なぜ漁獲枠は変わらないのか」――水産資源管理のニュースを追っていると、こうした疑問にたびたび行き当たる。日本のサンマやスルメイカは記録的な不漁が続き、資源評価の…

「ファクトを共有できない社会」をどう超えるか――成田悠輔が提起した問題と、これからの日本に必要な新しいOS

##はじめに――なぜ私たちは同じ現実を見ているはずなのに対立するのか近年、経済学者の成田悠輔氏はさまざまな場面で「日本社会はファクトを共有できなくなっている」と指摘している。これは単なる情報リテラシーの問題ではない。むしろ私たちが生きている社…

日本の製造業はなぜ凋落したのか――「労使共同体」の終焉とAI時代の労働市場改革

高度経済成長期、日本の製造業は世界の模範だった。自動車、家電、工作機械、鉄鋼、造船。「メイド・イン・ジャパン」は品質の代名詞となり、日本企業は世界市場を席巻した。しかし現在、日本の名目GDPは長期停滞し、一人当たりGDPでは先進国の中でも順位を…

「科学」を隠れみのにした漁獲枠増枠なのか――スルメイカTAC問題から考える日本の資源管理の信頼性

日本の漁業はいま、大きな岐路に立っている。サンマは減った。サケも減った。スルメイカも減った。沿岸漁業者の多くが「昔とは海が違う」と口をそろえる。こうした状況のなかで、水産資源管理の重要性が叫ばれ、水産庁は近年、「科学的根拠に基づく資源管理…

なぜ24歳のニーチェはスイスの大学教授になったのか ――国境都市バーゼルで生まれた「自由精神」の思想

フリードリヒ・ニーチェと聞くと、『ツァラトゥストラはこう語った』や「神は死んだ」という言葉を思い浮かべる人が多いだろう。しかし、そのニーチェがわずか24歳で大学教授になったことを知る人は意外と少ない。さらに興味深いのは、その教授職がドイツで…

イーハトーブからグランゼコールへ――宮沢賢治の理想と宮古版地域エリート育成構想

## イーハトーブは理想郷ではなく「学び続ける共同体」だった宮沢賢治の言う「イーハトーブ」を、多くの人は自然豊かな理想郷だと思っている。しかし本当にそうだろうか。賢治の生きた岩手は、決して豊かな土地ではなかった。冷害が頻発した。農民は貧しかっ…

宮古版グランゼコールはすでに始まっている ーしかし誰もそれを「人材戦略」として見ていないー

私はこれまで何度か「宮古版グランゼコール」という構想について語ってきた。フランスのグランゼコールのように、地域の未来を担う高度人材を発掘し、育成し、地域で活躍してもらう仕組みを宮古市にも作れないかという提案である。しかし行政とのやり取りの…

資本主義において、なぜ私たちは時間や数字に追い立てられるのか ースケール追求の落とし穴と「わがまま」に生きる勇気ー

現代人は、いつも何かに追われている。時計に追われる。締切に追われる。売上に追われる。フォロワー数に追われる。再生回数に追われる。評価に追われる。かつて農村社会では、人間は自然の時間の中で生きていた。もちろん苦労はあった。しかし春に種を蒔き…

東浩紀はなぜ参政党に「地方プロレタリアート政党」への変容を期待するのか 第2部 なぜリベラルは地方を失ったのか

前章では、東浩紀が参政党そのものではなく、その支持者の背後にある社会的現実に注目していることを見てきた。ここからさらに踏み込んで考えてみたい。なぜ地方の不満は既存政党に向かわなくなったのか。なぜリベラル勢力は地方住民から支持を失ったのか。…

東浩紀はなぜ参政党に「地方プロレタリアート政党」への変容を期待するのか ――リベラルの敗北、地方の怒り、そして新しい政治の可能性

二〇二〇年代の日本政治を見ていると、不思議な現象が起きている。かつて政治の対立軸は比較的分かりやすかった。保守か革新か。自民党か野党か。市場経済か福祉国家か。そうした軸によって政治は整理されていた。ところが現在は違う。都市部の高学歴層と地…

宮沢賢治、石川啄木が生きた時代――貧困が突きつける厳しい現実

岩手という土地には、不思議な重みがある。海と山に囲まれた広大な土地。豊かな自然。厳しい冬。短い夏。そして、人々の忍耐強さ。岩手からは、多くの優れた文学者や思想家が生まれてきた。その中でも特に強い存在感を放つのが、宮沢賢治と石川啄木である。…

トクヴィルの警告と宇野常寛の懸念 「もはや自由民権運動からやり直した方が良いのでは?」の意味 ーー 現代民主主義の何が壊れているのか

## はじめに現代日本では、「民主主義」という言葉が奇妙な空洞化を起こしている。選挙は行われている。議会も存在する。政党もある。SNSでは毎日のように政治的議論が飛び交っている。表面的に見れば、日本は疑いようもなく民主主義国家である。しかし一方…

既存制度を守ることと、市民の移動権を守ることのどちらが重要なのか?――公共交通の最適解

日本の地方では、静かに、しかし確実に「移動の危機」が進行している。それは単なるバス路線の減便ではない。 単なるタクシー不足でもない。 単なる高齢化問題でもない。もっと根本的な問題である。「移動できない人間が増えている」という問題だ。この問題…

宮古地域の電力、二つの未来 「風の谷」か、革新炉か――三陸から始まるエネルギー文明論

岩手県宮古地域の未来を考えるとき、避けて通れないテーマがあります。それは「電力」です。電力というと、多くの人は「電気料金」や「停電」を思い浮かべるかもしれません。しかし本来、電力とは文明そのものです。人間社会の生産力、情報流通、物流、教育…

「共創」という言葉が、いま宮古で持ち始めている意味 ― 宮古一中のスローガンと、ネクストいわての思想が交差するとき ―

岩手県宮古市という地域を見ていると、ときどき不思議な一致が起こる。別々の場所で、別々の人々が、まるで申し合わせたかのように、同じ方向を向き始める瞬間がある。最近、私はそのひとつとして「共創」という言葉に注目している。偶然かもしれない。だが…

なぜ成田悠輔はマルクス・アウレリウスに惹かれたのか ――不完全な世界を生きるための「冷静な知性」について

成田悠輔という人物を見ていると、多くの人が独特の違和感を覚える。テレビに出ている評論家や知識人には、どこか「正義の熱」がある。あるいは「私はこう考える」という強い自己主張がある。しかし成田悠輔には、それが薄い。彼は熱血漢ではない。かといっ…

【一中かっちゃんシリーズ1.0】「地域って、どうやったら本当に豊かになるの?」

みなさんは、「地域を元気にしよう!」という言葉を聞いたことがあると思います。お祭りをやったり、観光PRをしたり、イベントを開いたり。たしかに、そういうことも大切です。人が集まれば街はにぎやかになります。でも、ここで一つ考えてみてほしいことが…

宮古市役所の役職別年収を考える ― 部長から主事まで、地方公務員給与のリアル ―

岩手県 宮古市 に限らず、地方自治体の給与体系は、市民から見ると非常に分かりにくい世界です。民間企業であれば、「営業で成果を出した」 「会社が大きく儲かった」などによって給与が大きく上下することがあります。しかし地方公務員の給与は、それとはか…

地域経済の土台をどう再構築するか ーー生産・技術・人材・資本循環から考える地方公共政策論ーー

## はじめに――地方創生が空回りする理由地方創生という言葉が日本社会で語られるようになって久しい。しかし、その言葉が繰り返される一方で、多くの地方都市は人口減少、産業衰退、若年層流出、所得低迷、地域コミュニティの疲弊という問題を抱え続けている…

「魚は本当に減っていないのか?」――勝川俊雄氏の視点から考える、日本漁業の危機と“見たくない現実”

日本の漁業をめぐる議論では、長年にわたり、ある説明が繰り返されてきた。「漁獲量が減ったのは、魚が減ったからではない。漁師が減ったからだ。」この説明は、一見すると説得力を持つ。確かに日本の漁業就業者数は長期的に減少している。高齢化も進んでい…

「無意識の先祖返り」とは何か ## ――丸山眞男が警鐘を鳴らした、日本社会に潜む“空気”の正体――

丸山眞男という思想家を語る時、多くの人は「戦後民主主義の代表的知識人」というイメージを思い浮かべる。だが、彼の思想の核心は、単純な民主主義礼賛ではない。むしろ彼は、日本社会の内部に潜む極めて根深い問題――人々が自分では近代人だと思い込みなが…

「日本の市議会議員も落ちるところまで落ちた」のか ―― 炎上型政治、地方議会、そして民主主義の品位について

SNSを見ていると、ときどき強烈な言葉が目に飛び込んでくる。「日本の市議会議員も落ちるところまで落ちた。」「こんな発言が翻訳されて世界に拡散されたら、日本の政治文化そのものが疑われる。」「中国共産党のプロパガンダに利用されるだけだ。」近年、過…

【山小かっちゃんシリーズ1.0】なぜ「自分に問いかけること」には「自分を見直すこと」が必要なの? ――ニーチェとカントから考える「ほんとうに考える」ということ――

みなさんは、自分で自分に話しかけることはありますか?「なんであんなこと言っちゃったんだろう」 「どうしてあんなに怒ったんだろう」 「ぼくは悪くなかったのかな」 「ほんとうはどうしたかったんだろう」こんなふうに、自分で自分に問いかけることを、「…

「獲れるだけ獲る」の果てに――三陸水産業と“欺瞞の資源管理”を考える

三陸の海は、日本の海の中でも特別な意味を持っている。親潮と黒潮がぶつかり合う世界有数の漁場。豊かなプランクトン。回遊する魚群。リアス式海岸が生み出す天然の良港。古くからこの海は、多くの人々の暮らしを支えてきた。岩手県沿岸、とりわけ宮古市の…

『自分の行為のルールが、万人に通用する法則になってもよいように行動せよ』 ――エマニュエル・カントの「善い行い」とは何か

人はなぜ「善いこと」をするのだろうか。困っている人を助けるのは善いことだと言われる。嘘をつかないことも善いことだと言われる。法律を守ること、人に親切にすること、約束を守ること、誰かのために働くこと、それらは一般に「善行」と呼ばれる。しかし…

なぜEBPMが必要とされているのか? ー①行政の透明性と説明責任、②限られた財源の有効活用、という観点からー

EBPMとは、Evidence-Based Policy Making、つまり「証拠に基づく政策立案」のことです。簡単に言えば、「なんとなく」「前からそうしているから」「声が大きい人が言うから」ではなく、データや事実をもとに政策を決めよう、という考え方です。なぜこれが必…

「疚しい良心」と「それはそれ、これはこれ。」――ニーチェと『逆境ナイン』が示した“自分を潰さない技術”

人間は、なぜ自分を責めるのだろうか。失敗したとき。 負けたとき。 人間関係が壊れたとき。 仕事で結果が出なかったとき。本来であれば、「うまくいかなかった」という単なる出来事で済むはずなのに、人はしばしばそこから一歩進んでしまう。「自分には価値…

EBPMをPDCAで回すと、地方自治体は「学習する組織」へ変わるのではないか ―― 宮古市から考える行政改革論

地方自治体の政策というものは、長い間、「前例」と「経験」と「空気」によって動いてきた部分がある。もちろんそれらを完全に否定することはできない。行政という仕事は、机上の理論だけでは動かない。現場の感覚、地域の歴史、人間関係、住民感情、そうし…

風説はなぜ「怪獣」を生み出すのか ―対話が消え、排斥が始まる社会の正体―

人間社会には、昔から「風説」というものが存在してきた。誰かがどこかで聞いた話。真偽の定かではない噂。尾ひれのついた情報。本人の口から語られたわけではない「らしい」という言葉。人は古代から現代に至るまで、その曖昧な情報とともに生きてきた。し…

やさしい日本語で、シンプルに伝える技術 ― 宮古地域の外国人が孤立しないために ―

外国人が地域で困る理由は、「日本語が話せないから」だけではありません。本当に大きい問題は、 「何を言っているのかわからない」 「聞き返しづらい」 「失敗すると怒られるかもしれない」 という不安です。特に宮古市のような地方では、都市部よりも外国…